「雁の翼に(十八)」
最善より最良を取るとか、これは必要悪であるとうそぶくのを一切認めないと気張る高潔さは持ちあわせていない。いちいちそんなことをしていたら生き辛くて仕方ないし、体面を繕う必要がない忍者の仕業はより直接的で露骨に厭らしいではないかと言われたら、はいその通りですと首肯するしかない。
ドクタケの殿がこの"計画"を知れば、あれで外交戦略を練るのが下手ではないから、何がしか考えるところはあるだろう。事と次第によっては相乗りを申し出さえするかもしれない。
しかし、抜け忍不許という鉄の掟や、空々しい"計画"にこれっぽっちも心が動かない以前に、風鬼は会ったばかりのこの男をいっそ殺意に近いほどの倦厭をもって疎み始めていた。
そうとも知らず、己の背中に伸し掛かる相手を見ようと畳に顔を擦り付けながら、分厚い胸を震わせて守将は磊落そうに笑う。
「ならば、わしに与すのが賢いということも分かるだろう。時流は刻々と変わっているのだ。浮草稼業なればこそ、現状にしがみついて好機を逃すのは愚かしいと身に沁みておろうが」
あの狗めを討ち取ったというなら、あれに掛けて無駄に潰えた金と時間をおのれに補償してもらおうか。
唯一の忠実な手下を自分が殺したと既に告げている風鬼に向かって、守将は衒いもなくすらりと言い放つ。その言葉の奥にぱちぱちと算盤玉を弾く音が聞こえ、店先に雑多に並べられた、一束幾らの消耗品の光景が見えた。
「だが、有難く思え。"計画"成就の暁には身に過ぎる褒美もくれてやると約束しよう。どうだ、わしの――」
「ひとつ尋ねるが」
切り口上に甘言を遮り、守将の短い後ろ髪を掴んで床の間の方へ首を捻じ曲げさせる。
床の上にぐしゃりとわだかまる掛軸の表装を彩る金箔が、揺らめく蝋燭の火に鈍く光る。
「あの絵を何故、ここに掛けた」
一枚の葦の葉をくわえる二羽の雁。
画題としては珍しくもないその構図には、範となる伝承がある。
海を越えて長い長い渡りをする際に、雁は一本の葦の葉をくわえて飛ぶという。降りる場所のない海の上で飛び疲れた子を休ませる時、それを口移しに渡し、水に浮かべて休息の足掛かりにする為だ。
断ち落としたあの掛軸に描かれているのは、葦のやり取りをする雁を通して親子の情愛を表した風景なのだ。
調子の良い長広舌に水を差された守将は、一瞬言葉が途切れたその間に折れた指の痛みを思い出したのか、不興気に小さく唸った。
「おのれはそう若くもなかろう。年なりの分別でとっくり考えてみよ。何の不満があるというのだ」
「質問に答えろ」
「――ふん。あれは、」
風流人を自称する好事家たちがこぞって求めることで有名な絵師の名を、得々と口にする。
「この書院の設えにはそれなりに名のある者の手になる絵が相応しかろうと、わざわざ取り寄せたものだ」
つまらぬ画かもしれぬと分かったようなことをついさっき同じ口が言ったのを、きれいに忘れている。
風鬼は軽く溜息を吐いた。
ああ、もういいや。
掛樋から滔々と注がれる水が鉢を満たし、ついには縁からこぼれるように、心の喫水線を超えた嫌悪がどっと体中へ溢れ出した。
この男は腐っても名門水軍で武将と仰がれたことのある輩だ。決して無知無学の徒ではない。曽我兄弟の例を引くまでもなく、二羽の雁が示す絵の意味を知らぬはずはない。
が、絵を眺めて想起される感情をじっくりと味わってみるとか、この図を我が身に置き換えて鑑賞してみるという叙情的なことは、ついぞしなかった。おそらく、そんな発想さえなかった
描かれている内容は二の次で、絵師の名が持つ価値を己の居所に飾っていただけだ。
それがここに掛かっているということに意味を見出していたのだから、雁の絵それ自体はこの男にとって何の意味もないのだ。
「外道が」
見下ろす頭の後ろに向かって吐き捨てた。
看過しにすれば何の縁も生じなかったみなしごを、例え一時の気まぐれにしろ、拾い上げたのはこの男自身なのだ。そのか細い縁に縋り、甘い夢を膨らませるだけ膨らませて一心に思慕を寄せる子供を呆気なく朽ちさせて、微塵の動揺も悔悟もない。
ずっと人気のある物語だとか歌謡集だとかは、いつの時代に誰が読んでも面白いからこそ読み継がれて、現在に残っている。と言うことは、人が人として普遍的に持っている感情には、昔や今という時間の隔たりや武士や忍者という立場の違いはないはずだ。
その上で、この男が一体どうして「子」にそんな仕打ちができるのかさっぱり分からない。理解できない。したくもねぇ。
拾ってもらったという恩と、忍びの技を教えた里親へ払った相応の金――どの程度を「相応」と心得ていたのか、この期に及んでは疑わしい――とやらに目を塞がれて、いいように使い回された挙句に横死するくらいなら、こいつが言った通りそのまま野垂れ死んでいたほうがましだったんじゃねえか?
と、思う。
そう思うのが、あの若い忍者にとって大きなお世話だということは承知している。この男を「御父」と大事そうに呼んでいた若い忍者は追い使われることに幸せを感じていたのかも知れず、顔も合わせずに手裏剣を打って殺めただけの関係でしかない人間がその真意を忖度するのは、全くもって意味が無い。
だからこれは勝手な感想だ。感傷、と言ったほうがいいのかもしれない。
幼い足で懸命にあとをついて来る「子」を足蹴にして平然としている「親」なんざ、どれだけ地位が高くてどれだけ世間に褒められ崇められる人間だろうと、その一点を以て屑決定だ。燃やして焚き付けにできるだけ屑の方がましなくらいだ。
おしめを替えてやったこともないし、格好悪いところなんて「情けなくて泣ける」なんて言われて本当に泣かれるくらいに散々見せている。
けど、それでも俺はふぶ鬼の父ちゃんだ。子供らしい容赦の無さでさんざん生意気を言われた後でも、ん、とそっぽを向きながら手を差し出されたら、やっぱり繋ぐ。
その手を叩き落として踏み付ける手合など、「親」と呼んで良い訳があるものか。
低く罵られた守将はそれがこたえるふうもなくせせら笑った。
「はっ。よく言ったものだ。無法悪逆を為して恥じぬうぬら透破ばらこそ、まさしく外道ではないか」
「ああ、外道さ。だが、俺と貴様とでは踏み外した道が違う」
応じた声の冷たさに、鈍感な守将もさすがに風鬼の雰囲気が変わったことを察したらしい。膝の下に躙る背中がわずかに強張った。
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