五、
「城の敷地にこんな小屋があるの、初めて知った」
「俺も」
「俺もだ。しかし、俺達って最近なんかやらかしちゃったっけ?」
何をおいても今すぐ大至急来いとただならぬ勢いで八方斎に呼びつけられて、雨鬼・霜鬼・曇鬼の三人は、汗をかきかきドクタケ城の城郭の隅の隅にある朽ちかけたような小屋の前までやって来た。
身に覚えはないが何か叱責されるのだろうか。それよりもこの戸板、ちょっと押したら崩れるんじゃないか?
半分壊れかかった戸を叩いていいものかと迷っていた雨鬼は、中に人がいる気配を感じて、とりあえず大声で訪いを入れてみた。
「八方斎さまー。雨鬼・霜鬼・曇鬼、右三名、参りましたー」
「入れ」
短く応じた八方斎の声は硬い。
なにか剣呑な様子だ。嫌な予感に顔を見合わせ、戸を開ける役を三人で押し付け合っていると、内側から先にガタピシと戸が引かれた。
「何やってるんです。早くお入んなさいよ」
「あれ? 魔界之先生も呼び出されたんですか」
いつになく緊張した表情の魔界之は訝しげに尋ねる曇鬼には答えず、小屋の中へ戻りながら腕だけ伸ばして無言で差し招く。もう一度顔を見合わせた三人がおっかなびっくり敷居をまたぎ、なんとなく足音を忍ばせつつ小屋へ入って行くと、土間に敷いた筵の上で腕組みをした八方斎が座っていた。
その膝の前には、両手のひらに乗るほどの大きさの箱がひとつ置かれている。何重にも紐で括られ、厳重な封がしてあるので、中身は何とも知れない。
「あのー。参りましたが」
「うむ。……暑っ苦しいな」
「仕方ないでしょ、我々が揃ったんだから」
突き出した腹をポンと叩いて霜鬼が言う。縦横ともに充実した体格の三人が並ぶと、薄暗く狭い小屋はいかにも「満員」という感じにみっちりと人が詰まり、心なしか気温湿度が上昇し空気まで薄くなったような錯覚を覚える。
「まあ、よい。その身体を生かしてもらう為に呼んだのだ。存分に働け」
「と、おっしゃいますと?」
お叱りではなく任務のようだと気付いた雨鬼が、真面目な顔を作って身を乗り出す。
その目の前に突き出されたのは柄付きの頑丈なタモ網だ。
「……なんです、こりゃ」
「得物ですよ」
霜鬼に大タライ、曇鬼には投網を渡しながら、真面目くさって魔界之が言う。
「忍術教室の磯遊びの手伝いっすか」
「いいけどさー。楽しそうだし」
「俺、イソメとかゴカイって苦手だ」
「そうではない」
苦り切った一声とともに顔を上げた八方斎の広い額に、びっしりと脂汗が滲んでいる。小箱にちらっと視線を落とし、慌てたようにそこから目を離して、促し顔に魔界之を見る。
頷いた魔界之が言い難そうに口を開く。
「実はですね。通販を失敗しまして」
「いつもの事ですね」
「ほっときなさいよ。記入式の海外通販だったもので、文字のつづりを間違えたらしいのですな。で、その箱が届いちゃったんですが、一体何が入っているのやら」
「開けてみればいいじゃないですか」
なんだそんなこと、という顔で曇鬼が言う。
その途端、箱が跳ねた。
二、三尺ばかりも跳び上がったが、八方斎が間髪入れずその横っ面に当たる部分を張ると箱はぽとりと落ち、筵の上をじりじりとにじり動いた。その動きはどういう訳か、ひどく不満そうに見えた。
よく見れば、べたべたと隙間なく貼り付けられた札はただの封印や荷札ではない。描かれた模様の物々しいことと言ったら、まるで陰陽師が使う呪符のようだ。
「その通り、開けてみればいい。そういうわけで今から開けるのだが、」
得物を手に手に寄り集まって立ち竦む三人の部下を見回し、八方斎は低い声で下知する。
「お前たちは中身を捕らえるのだ。その体重で、しかも三人掛かりでのしかかれば、いくらコイツでも簡単には暴れられまい。野に放てば何がどうなるか分からん。絶対ぜぇーったい逃がすなよ」
「そんな殺生な! この世ならざるものな雰囲気バシバシですよ!?」
「案ずるな。危険手当と特別任務手当と労災補償は弾んでやる」
「えっ、労災発生が前提?」
「心してかかれ。しくじれば首が飛ぶぞ、物理的に」
「ち、ちょっと待って下さい。心の準備が」
「そうれ、オープン」
これより後、ドクタケ城に「勇士に会いたくば霜の朝に雨模様の曇天を仰げ」という言い伝えができたということは特にない。
急に羽振りの良くなったドクタケ忍者がいて、その同僚たちがそれを不思議がっていたという些細な出来事ならば、何人かが知っている。それでも、それは只それだけのことだ。