一、



 石拾いのバイトを手伝ってくれと言うから、この暑いのに田畑の開墾に駆り出されるのかと渋々きり丸の後をついて行くと、やがて到着したのは山の中の清流だった。
「ここの川底にさ、時々、きれいな石があるんだよ。飾り物の材料になるんだ。それを集めるのが今日のバイト」
 見るからに清涼感たっぷりな景色を前にして目を輝かせる乱太郎としんべヱに、手際良くザルと襷と日除けの笠を配りながらきり丸が言う。
「いいねいいね、涼しいね」
「だろ? やっぱ夏は水遊びだよな。ま、遊びじゃないんだけどさ」
 袖に襷掛けして袴の裾を折り、小脇にザルをかい込んでざぶざぶと水の中へ踏み入る。ひんやりした流れに山登りで火照った足を洗われて、その気持ち良さに思わず乱太郎が歓声を上げると、きり丸は得意げに鼻をこすった。
「なんでこんな重たい物って思ったけど、だから食堂で真桑瓜を貰って来たのかあ」
 岩陰の浅い所にとぷりと沈めた薄緑色の瓜を大きめの石で囲いながら、しんべヱは早くもそわそわしている。こうしておけば、ひと休みの時には程良く冷えた甘くておいしいおやつが食べられるのだ。
「そういうこと。よーっし、それじゃ張り切って始めるぞー」
「おー!」

 丸いの、四角いの、平べったいの、分厚いの、小さいの、大きいの、白、黒、黄土、深緑、薄紅、斑模様、縞模様……
 色も形もとりどりの「きれいな石」を目に付くそばから拾い入れて行く乱太郎としんべヱのザルは、一刻の後にはもういっぱいになった。
「あれ? きり丸のザル、透き通った石ばっかりだね」
 向こう側がうっすら透けて見えるものから牛の乳のように白く濁ったものまで濃淡は様々だが、きり丸が拾うのはどれも半透明の小さな石で、なかなか数が増えずザルの底がまだ見えている。その中からひとつつまんで日にかざしたしんべヱが眩しそうな顔をする。
「うん。普通の石よりこっちの方が高く売れるんだ。出来るだけ大きくて透明なのがいいんだけど、なかなか無いんだよな」
「石英かな、これ。甲斐とか美濃とか尾張で採れるのは質が良いって南蛮人が買い付けていくよ。上流のご婦人が装飾品にするの」
「あーそー、へー。ふーん」
「きりちゃん、拗ねないの」
 両手でザルを抱えてそばへ来た乱太郎が、きり丸の背中にこつんと肩でぶつかる。
「いっぺん休憩しよ。そのあとは、私としんべヱもこういう石を探そうよ」
「賛成! 瓜も冷えてる頃だし」
「そうだなー。そうしよっか」
 苦笑いしたきり丸が頷くと、しんべヱは嬉しそうにじゃぶじゃぶ水を蹴立てて浅瀬の岩に近付き、その陰へ手を伸ばした。指が触れた拍子にプカプカ浮いていた瓜がくるりと半回転する。
「やられた!」
 しんべヱが大声を上げた。先に岸へ上がっていた乱太郎ときり丸はその声に飛び上がり、慌ててしんべヱに駆け寄る。
「どうした、しんべヱ」
「これ、これ」
 顔ほども大きい瓜を、しんべヱは片手でひょいと持ち上げて、そのままポンと乱太郎に手渡した。
「うわっちょっとっ、重っ……くない?」
 手の中の瓜をひっくり返してみると、なんと真ん中にぽっかりと穴が開き、みずみずしい果肉は内側にちょっぴり残っているだけで、甘い残り香ばかりが申し訳なさそうに漂っている。
 やけに軽いわけだ。
「ありゃー。カワウソか、ネズミかな? でっかいのとちっちゃいのとで2、3匹がかりだな」
 横から覗き込んだきり丸が、皮をかじった鋭い歯の痕を指でなぞって言う。
「カワウソやネズミが瓜を食べるかなあ。イタチかリスじゃない?」
 ため息を吐いたしんべヱが皮だけの瓜をつつく。
 楽しみにしていたおやつが横取りされたのは残念、無念だ。しかし、つぶらな目に長い尻尾の小さな生き物が夢中になって思いがけないごちそうを食べている姿を想像すると――
 悔しいけどカワイイ。
 冷たい水は飲み放題だし、炒り豆や飴やちょっとしたお菓子なら持っている。皆で出し合えば佗しい小休止にはならない。
「えーいもう、いっそのこと全部召し上がれ!」
 そう言って乱太郎が瓜をぽいっと草むらへ放り投げると、丈の高い草の向こうで何かが動いた。
 
 水の中にある透き通ったものを探すのは、雪の中に置いた卵を探すより大変だ。
 休憩後の一刻半で乱太郎としんべヱはそれを悟った。
 川底のちょっとした窪みで巻いた小さな渦の泡や、水面で乱反射する太陽の光が、透明な石を探す目にはそれらしく見えてしまうのだ。水中をじっと睨み付けては何度も空振りをして、3人合わせてやっとザルに半分まで集めた頃には夏の長い日も既に傾き始め、背負って来た籠に戦利品を収めて山を下りやっとのことで学園に帰って来た時には、すっかり疲れ果てていた。
「夕ご飯……より、眠い……」
「お風呂は……どうする?」
「……明日にしよう、明日に」
 寝間着に着替えるのももどかしく、押し入れから引っ張り出した布団の上に突っ伏して十も数えないうちにストンと寝入る。
 夕食の席に現れないのを心配した級友が部屋を覗きに来てバタバタと倒れている3人を発見し大慌てで担任を呼びに行った騒ぎも全く気付かず、消灯後の見回りに来た教師がそっと引き戸を開け閉てしたのもつゆ知らず、丑三つ時を過ぎた深夜に部屋の外でコトンコトンゴトンと小さな音がした時も、勿論熟睡していた。


 乱太郎・きり丸・しんべヱの部屋の前の廊下に、無色透明の六角柱がくっつき合った手のひら大の塊がひとつ。それよりはずっと小さな、しかし同じくらいきれいな六角柱がふたつ。
 夜間トレーニング中の生徒たちの誰の目にも留まらずに置かれたそれらは、微かに甘い匂いをまとわせて、星明かりの中で静かにきらきらと光っている。