「わたし」


 昨日までの雨は明け方までに止んだようで、目を覚ました時には、空は青く晴れ渡っていた。
 折りしも休日だ。同室の生徒は、予想外の好天に喜び勇んでどこぞへ出掛けている。
 そこで見咎める者がないのを幸い、朝から自分の部屋で一人、一心に鏡を眺めている。
 14歳の女の子ならばそれも不思議ではないかもしれない。だが鏡に映るのは無骨な、面長の大人びた顔だ。
 同級生に比べ少々成長期が早く来た。もともと背は高い方だったのが、今は頭ひとつ抜け出している。肩や胸が厚くなったし、喉仏も出てきたし、声も低くなった。急に背がぐんぐん伸び始めて、膝が痛いのには参ったけれど、手の関節がごつごつと骨っぽくなってきたのなんかは少し気に入っている。

 これが、わたしの顔。

 鏡を覗きながら、鈴のように丸い目をぱちぱちと瞬き、長い鼻を摘み、頬を手のひらでこすってみる。
 意のままに瞼は上下し、鼻を摘めば息が詰まり、手のひらにはまだ滑らかな肌の感触がする。

 これは、わたしの顔。

 時々その自信がなくなる。この顔は、この髪は、この体は、本当にわたしのものなのか。これはわたしの振りをした誰かじゃないのか。それなら本当のわたしは何処にいるのか。今ここにいるわたしは誰なのか。
 ぐるぐると考える。その思考さえも、果たして己の意識が成したものなのかと疑い始め、迷いを断ち切るために長い時を鏡の前で過ごす。
 以前、友人同士の戯れに聞いた怪奇譚を、ふと思い出した。
 自分と寸分違わぬ姿をした物の怪が、いつの間にやら自分の生活の中に入り込んでいるという話。
 その正体も、目的も分からない。しかし何か悪さをするわけではない。それでも、なんとも気味の悪い話だと、その友人は話を結んだが。

「雷蔵。せっかくの天気だ、閉じ籠もっていないで、市でも覗きに行かないか」
 不意にがらりと引き戸が開き、嵩高な影が戸口から覗いた。
 にこにこ笑ってこちらを見詰める、丸い目に長い鼻をした面長の顔。

 ため息一つ吐いて、鏡に埃除けを下ろした。

「来たな、物の怪」

 同じ顔に出て来られては、鏡を見る甲斐も無い。