「ウズラ隠れ」
ぴしゃりと閉ざした戸にもたれ、息を殺して顔を上げた瞬間、金吾は慌てて口を押さえた。
「うひゃぁ……」
くぐもった声で、それでも感嘆を漏らす。空間を圧して無言でひしめくものどものプレッシャーに、それ以上退けないのも忘れ、少し後ずさった。
背中が引き戸にぶつかってトンと軽い音を立てる。
「静かにしろ」
「ひゃあっ!?」
突然足元から声がして、金吾は飛び上がった。その足首をギュッと掴んで押し留めたのは床に伏せた滝夜叉丸だ。口の前に人差し指を立て、尚も口を開けた金吾を、必死の形相でしーしーと諌める。
胸の中で跳ね回る心臓をなだめながら、金吾は滝夜叉丸に並んで屈み、ひそひそと囁いた。
「何やってるんですか、こんな所で」
「お前と同じことだ。なんとかやり過ごさないと――見つかったらまずい」
戸の向こうは廊下。遠くから足音が近付いて来る。それを耳にするや、2人は戸の左右にそれぞれぴたりと身を潜めた。
目を閉じて口の中で隠形の呪文を詠じ、眉間の辺りに意識を集中すると、手を伸ばせば触れ合う距離にいながら互いの気配がぐんと遠退く。
「体育委員! 招集! 招集! 非常招集だぞー!」
どたどたと遠慮の無い足音は、騒々しく触れ回る声と一緒に呆気なく通過して行った。
「……七松先輩、今度は何をするつもりなんでしょうね」
妙に楽しそうな体育委員長を目にした瞬間、身を翻し手近な戸の中へ飛び込んだのは、経験から得た反射的な回避行動だ。
「きっと知らない方がいい。君子危うきに近寄らずさ。ああ、君子とは学識・人格ともに優れた人物のことで、つまりわたしの」
「ここってガラクタ置き場ですかね。こんな部屋があるの、知らなかった」
さらりと話の腰を折り、金吾は興味深げに辺りを見回した。
今すぐはいらないけどいつか使うかもしれないもの――古そうな巻物、サビが浮いた手裏剣類、巻き藁、平均台、跳び箱、何が入っているのか見当もつかない大小の箱、箱、箱――の大群が、いっそ芸術的なくらいに絶妙なバランスでうず高く積み上げられている。出入りどころか戸の開け立ても久々なのか、空気がひどく埃っぽくて微かにカビ臭い。
「……さっさと出るぞ。鼻がムズムズしてかなわん」
「はいはい」
軽く受けながら、金吾はふと一台の衝立に目を留めた。
竹林を縫って何かに踊りかかろうとする虎が、画面いっぱいに迫力ある筆致で描かれている。
思わずゾクッとして慌てて振り返ると、戸に手を掛けた滝夜叉丸がそのまま動きを止めていた。同時に、急旋回した戦輪のように戻って来た足音が、戦輪ならば当然従うべき物理法則を無視して、何の前触れもなく納戸の真ん前で突然止まる。
そして、呟く声。
「このへん、誰かいそうだな」
虎と、強張った滝夜叉丸を交互に見比べ、長い息をひとつ吐き出して金吾は静かに腹を括った。