「埋まれ」


 真面目くさった学園長の顔を、勘右衛門は小首をかしげて眺めている。
 顔は学園長だが服装は自分と同じ五年生の制服で、その中身は三郎だ。薄い琥珀色の水飴を、二本の箸を使って器用に練りながら、長屋の廊下の真ん中で勘右衛門と向かい合っている。
 でも、このふさふさ眉毛の下の目がどこを見ているのかは分からない――と勘右衛門が考えた時、しわに紛れた口元がもぞもぞと動いた。

「飴食ってじじいが困る」

 勘右衛門は反対側に首を傾ける。朝から降り続く小糠雨に濡れた庭先の風景が目に入る。誰かが沓脱石の上に置きっぱなしにしていた、からからに乾いてひびが入った泥団子が、しっとりと水気を含んで膨らんでいる。
 と、学園長の声が不機嫌そうに言った。
「誰がじじいじゃ」
「俺は言ってないよ」
「豆腐ばっかり食べるんじゃ困るってさ」
 三郎は自分の声で軽く言い、よく練った水飴を勘右衛門の鼻先に突きつける。その甘い香りで我に返った勘右衛門は眉を寄せる。
「俺が馬鹿なせいじゃないと思うけど、意味が分からない」
「到来物の水飴をだな、」
 二本の箸をまとめて片手に持ち、空いた手で懐を探って、三郎は蓋付きの小鉢を取り出す。布袋様の腹のようにころんと丸い形をしたその胴体には、堺の有名な菓子屋の名が書かれている。
「学級委員長委員会の皆で食べていいと、学園長先生から頂いた」
「ああ、そう」
「甘いものは好きだけど、水飴は歯にくっつくから虫歯が心配だって」
「学園長先生、あのお年で入れ歯じゃなくて自前の歯なんだ」
「歯が駄目になって食べられるのは豆腐だけ、じゃ食事の楽しみがなくなっちゃうってよ」
「ふーん」
 白っぽく丸まった水飴に視線を向けようとしながら、勘右衛門は気を抜いた返事をする。その水飴を少し左右に振りつつ三郎はやや口調を改める。
「しかしだ。虫歯を心配するなら、べたべたして甘いものは、生え変わり途中の一年生の歯にだって良い筈はない」
「そうかもね。で? だからって、俺たちで二人占めするのはずるいんじゃない?」
「私はずるっこの片棒を担いで庄左ヱ門と彦四郎に責められるのはごめんだね」
 そう言いながら三郎は丹念に練り上げた水飴を勘右衛門の口にひょいと突っ込み、身じろいだ勘右衛門の手にうやうやしく小鉢を載せる。そして一瞬俯いて学園長の変装を解き、いつもながらの雷蔵の顔に戻る。
 ここのところ奥歯が痛むと言って少し憂欝そうなところまでしっかり再現した顔で、唇の前に人差し指を立ててみせる。
「だからこれは勘右衛門が持って行け」
「……なんで。こんな量、ひとりじゃ持て余す」
「一年生たちには内緒にしてやる。兵助と分けて食べてしまえよ」

 口の中で甘くとろけていた水飴が、途端にちりりと舌を刺した。