「そら」
大の字に地面に寝そべった相手は、もう起き上がるつもりがないようだった。
傍らには半ばからぽっきりと折れた――と言うよりへし折ったのだが――忍び刀が突き立ち、右手に絡まる分銅鎖には、どす黒い血がこびりついている。
「おい」
鉄紺色の忍装束を着けた胸はまだ、微かに上下している。
「おい」
もう一度声を掛けると、ふふうと息を吐くようなくぐもった声がした。
「お前がどこの誰かは知らんが、遺言があるなら聞いてやる」
対峙する二人の間を、ひらひらと白い蝶が渡っていく。
一方は清流、一方はまばらな林、足元は緑なす草原。のどかな春陽の中に血塗れの男が二人佇むのはいかにも異様な光景だと、当の本人が考えている。考えながら、油断なく刀を構え、倒れた男に一歩ずつ近付く。
濃い色の服に紛れて怪我の具合は見えないが、体の下になる草が赤に濡れている。それでも気配を察したか、男がひび割れた声を発した。
「遺言、」
「なんだ」
「伝える者など、とうにおらぬ」
切れ切れに言って、喉を鳴らす。笑ったつもりらしい。
戦いの最中千切れた覆面の、その下の素顔は、改めて見れば存外若く自分とさして変わらない。顔に張り付いた髪の隙間から、光を失いかけた瞳が、それでも小賢しげに見上げてくる。
「お前、山田利吉」
「ほう。そうと知って討ちかかってきたか」
「愚弄する、か」
「今更、してどうする」
それはそうだ。男はまたグッグッと声を立てる。
「なあ、山田よ、」
そこで唐突に言葉が切れた。投げ出した両手は手の平が上を向いたまま指先を風に薙がせ、体はぴくりとも動かない。
しばらく待って、それから爪先で男の脇腹をつついてみた。
「続きは、どうした」
真上から男を見下ろす途端、若草の香りを運ぶ風に血の臭いが混ざって吹きつけ、思わず顔をしかめる。
が、仰向いた顔は半眼閉じて、何の反応も示さない。
密書伝令役を仰せ付けられている。この若い男は大方、敵対する城に雇われた忍者だろう。ともあれ長居は無用だ。
踵を返そうとした時、虫の息の呟きが聞こえた。
「しぶとい奴だ」
呆れ、耳を澄ませる。空気の漏れる、かすかすの声に。
「俺に、教えろ」
「何をだ」
「俺が、今見ているもの」
頭上に広がる、見渡しても見渡しきれない青い空。
「空がどうした」
「あれは、空の底か、天井か」
どっちなのだ。
ひばりの甲高い声が天地の間いっぱいに響き渡る。
皮肉げに口の端を吊り上げたまま事切れた男の横で、利吉はこの難問について考え込んでいた。