「死屍累々」


 火車の 今日は我が門を遣り過ぎて 哀れ何処へ 巡りゆくらむ

 薄暗く狭い部屋の中、折り重なるように倒れる人の間に間に、低い呟きが聞こえた。
 地獄より亡者を迎えに来るという、業火に包まれた車。それが今は自分の前を通り越していった。ならば一体誰の所へ行くのか――それは、ボロボロに疲れ果てながら朽ちることの許されぬ我が身を呪う、誰かの呻きだったのかもしれない。
 いっそ僕を連れて行け。
 倒れ込んだ硬い床はいつしか幻影の中で、慣れ親しんだ柔らかい草原に姿を変えている。
 そうしてはいけないと頭では分かっていながら、抗いがたい蟲惑に屈して目を閉じた。
 馬の嘶き。蹄が土をかく音。ワラを刻む鉈の響き。大豆を煮る湯気。陽にあぶられた馬の匂い。満々と水を湛える堀。懐かしい村の光景が、まぶたの裏に次々浮かんでは消える。
 もう二度と目を開けたくない。
 魂だけでも故郷へ、それが叶わないならせめて大切な友人たちの所へ、帰りたい。
 それだけを一心に願いながら、体を縮めた。すぐそばにゴロゴロと横たわる戦友たちの気配が、さあっと風に薙ぎ払われたように遠退いていく。

 ごめん。僕はもう、限界だ。

 落ちかけた意識は、ひたひたと頬を叩く感触に呼び戻された。
「しっかりしろ、団蔵」
 名を呼ばれ、重いまぶたをこじ開ける。
 阿弥陀如来の来迎? ――いや、髪の色が明るいから、光を背負ってるように見えるだけ――田村三木ヱ門先輩だ。端正な顔が今はしおれて、目をしばしばさせているけれど。
「さあ続きだ」
 奥の文机から声が飛び、ハッとそちらに目を向ける。
 今度こそ鬼神。
 いや、いつにも増して隈を濃くし目をギラつかせている潮江文次郎先輩だ。一応人間だ。地獄の獄吏には違い無いけれど。
「お前らいつまで休んでる。小休止は終わりだ。ピッタリ合うまで何度でも検算するぞ」
 灯火台を背に、傍らに積み上げた使用済みの計算用紙をばしんと叩き、怪気炎を上げる。
 敵は全学年、全クラス分の金銭出納帳。
 得物は算盤、硯、墨に筆。

 行方知れずの七文は、ずらり帳簿に並んだ数字の一体どこに落ちているのか。