「ライバル」


 鬱蒼とした木立は、まだ延々と行く手に続いている。
 忍術学園広しと言えど、4年生にもなってまだ初めて訪れる場所があるというのは、少々常軌を逸しているのじゃないか。まあ、常識の通用しない世界ではあるのだが。それならその中にいる自分はどうなのかと思い至り、滝夜叉丸は不機嫌になって考えるのを止めた。
「ふう」
 小さく息を吐いた。この炎天下を走り通しに走り続け、さすがに汗が滲んでいる。
 時折聞こえる炸裂音や、火薬のにおいは大分遠くなった。演習場から校舎まであとどれくらいあるのか、頭をもたげて木立を透かし見る。方角はあっているだろうか。学園内で遭難なんて、そんなみっともない真似はできない。今は、できない。
 片手で懐を探り、耆著と水筒を掴み出した。栓を口で外し、水筒の横腹にがちりと噛み付いて、顔ごと傾けて手の平に水を受ける。十分水が溜まったのを確かめると、水筒を足元に落とし、口に含んでいた耆著をぽとりと手の上に吐き出す。
「校舎は、ここから南西の方向だ」
 突然、頭の後ろで声がした。
 手を振って水を払い、耆著を懐に収めながら言い返す。
「そんなことは分かっている。念には念を入れただけだ」
「どうだかな」
「この学年一優秀な私が、道に迷うがはずなかろう」
 いつもなら目の色を変えて噛み付いてくる一言に、三木ヱ門はフンと鼻を鳴らすだけで答えた。
 やはり、消耗している。
「安心しろ。保健室に着いたら、お前など放り投げて行ってやる」
「私は大丈夫だと言うのに。とんだお節介だ。この私がお前に背負われるなど屈辱だ、いや辱めだ」
 いつもの調子で啖呵を切り、背中の三木ヱ門をわざと立ったまま担ぎ直してやると、ぼそぼそと呟くような憎まれ口が返って来た。
 右の腿と向こう脛、ふくらはぎ、それに脇腹。派手に裂けた衣服の隙間、きつく晒しを巻いた傷からじわじわと血が滲み出し、膝を抱える滝夜叉丸の手を赤く染める。肩越しにだらりと力なく垂れ下がる埃に塗れた腕が、手の甲が、指先が、白磁のように生白い。
 火門に火が触れた途端破裂した、大口径の石火矢の一番近くには三木ヱ門がいた。
 馬鹿め。火器にかけては学園一と豪語するなら、暴発の予兆くらい見抜けと言うのだ。
「大丈夫と言うなら一人で歩いて行って見せろ、この大怪我人」
 そして、また大口を叩け。私に向かって、何度でも。
 
 滝夜叉丸は校舎を目指し、木立の中を駆け抜ける。その背にライバルの重みを感じながら。