「トーテムポール」


「一体、誰がこんな」
 拳を振り上げて、きり丸は怒りもあらわに壁を叩いた。鋭い視線をさっと上に投げ、また足元を睨み、苛立たしげに唇を噛んでタンと足を踏み鳴らす。
「やめなよ、きり丸。怒ってもしょうがないよ」
 おろおろした表情の怪士丸が、やんわりときり丸の腕に手を置く。その隣で渋面を作っていた久作は、しばしジッと高みを見詰め、上を向いたまま腕を組んで唸った。
「とにかく、何とかしなきゃ」
「何とかったって、どうすりゃいいんですか」
「それを今考えてるんだろ」
「考えてどうにかなりますか」
「何を揉めてるんだ?」
 本棚の影からひょいと背の高い影が現れ、3人はその場にハッと固まった。
 片手に持った紙挟みでトントンと肩を叩きながら、のんびりした足取りで雷蔵がこちらに近付いてくる。いつもと同じ穏やかな顔で、強張る3人を不思議そうに見ながら。
 途端に緩んだ緊張感に、雷蔵は丸い目をぱちくりさせた。
「向こうの蔵書整理は終わったけど……どうしたんだい」
「あれです」
 怪士丸が指差したのは、長身の雷蔵が手を伸ばしてもまだまだ余る、天井をつく高さの書棚だ。その天板の上に、萌黄色の表紙を付けた冊子の角がほんの僅か覗いて見える。
「全集の間の巻が抜けてるから、探してたんですけど」
「あんな所に誰かが放り上げてやがって」
「この書棚、古いから足を掛けたら壊れそうで上れないし、中在家先輩が来る前に全部揃えておかないと何が起こるか……」
 口々に訴える下級生を前に、雷蔵はうーんと考えた。
 確か、図書室に近い教室で昼休み、小松田が壊れた天井板の補修をしていた。簡単な作業のはずだけど、何度もやり直して時間がかかって、休み時間が終わってしまったから、また放課後に続きをすると道具は全部置いていったはず。
「大丈夫。近くの教室に脚立があるから」
 それを借りておいで。言い終える前に、久作がすっ飛んで行った。

「借りてきました……え、うわッ」
 脚立を担いで意気揚々と図書室に舞い戻った久作が、一声あげて立ち竦む。
 膝を抱えて座り込んだ怪士丸は、心なし楽しそうに目の前の光景を見上げている。そんな怪士丸に、久作は唖然としたまま尋ねた。
「何が起きたんだ?」
「中在家先輩が来たんです」
「それは、見れば分かるけど。この状況はどういうこと?」
「全集が足らないのが見つかっちゃって、本がてっぺんに載っちゃってて取れないんだって不破先輩が説明してくれたら、こうなりました」
「……それじゃあ僕は、くたびれもうけか」
 投げ出した脚立にどすんと腰掛け、ふてくされた顔をして、久作も見物を決め込むことにした。

「まったくもう! 誰なんだよ、犯人は!」
「きり丸、あんまり動くな、危ないよ」
「……」
 屋台骨は仏頂面の中在家長次。
 その肩の上に、困惑顔の不破雷蔵。
 雷蔵の肩には目を吊り上げたきり丸。
 なんとも不安定なトーテムポールが、ゆらりゆらりと書棚の前に揺らめいている。

「中在家先輩、重くないのかな?」