「無邪気な爆弾」
よく晴れた風の強い日、事務室に届いた落とし物は、朱色と若草色の蝶を交互に染め出した可愛らしい模様の帯だった。
「どこに落ちてたの?」
「落ちてた……って言うか」
記録簿片手に小松田が尋ねると、拾い主の伊助は、隣の三郎次を困ったように見上げた。
抱えた火薬壷を軽く持ち上げて見せながら三郎次が説明する。
「僕ら、火薬庫からこれを持って来るように言われて、運んでる最中だったんですけど」
「ああ、伊助くんと三郎次くんは火薬委員だっけ。それで?」
「火薬庫のそばのイチョウの木に引っかかってたんです。今日は風があるから、どこかから飛ばされて来たのかも」
「なるほど。そうすると忍たま長屋の誰かの洗濯物かな」
「でも、どう見ても女物ですよ。これ」
伊助が口を挟むと、小松田は帯を取り上げてしげしげと眺めた。
「じゃあ、くの一教室の落し物なのかな?」
「変装の時に、必要なら男でも女帯を使いはしますけど……生徒の持ち物にしちゃ高級過ぎるんですよね」
実家が染物屋の伊助は、服飾品の鑑定眼に長けている。
細帯は普通、着物を仕立てた余りの布で作るが、この帯は模様がきれいに連続している。つまり別拵えの品なのだ。
「んー。きれいな帯だよね、これ」
「ええ。染めも手が込んでるし、目立たないけど、金糸で細かい飾り縫いが入ってるんです」
「困ったなぁ」
小松田が眉を寄せて唸る。
「拾った場所は木の上、なんて書けないし」
そっちで困ってるんかい。
年長者への礼を慮ってさすがに口には出さないが、言うより雄弁な表情をして、三郎次があさっての方向を向く。と、「あ」と声を上げて小さく舌打ちをした。
「こんな所で何やってるんだ? 角場に火薬を持って来るように言っただろう」
やって来たのは火薬委員会顧問の土井だ。伊助と三郎次の困り顔と、筆をくわえて悩んでいる小松田を不思議そうに見比べる。
「すいません。ちょっと落とし物を拾ったんですが、」
「あぁ、土井先生いいところに。飛んできて木に引っかかってたものでも落とし物って言うんですか?」
こんな調子で。
三郎次が無言で土井を見ると、土井もまた、無言のうちに事情を察した。
「拾得物とでも書いておくといいよ。拾って得たものには違いないから」
「あ、そっか。そうですね」
「ところで、何を拾ったんだ?」
小松田が勇んで書き込むのを横目に尋ねる。これです、と伊助が帯を示すと、土井は感心したようにそれを手に取った。
「へえ、唐木綿か。上等品だな」
「先生のどなたかの持ち物じゃないですか?」
「心当たりがないなぁ。それに大人が使うにしてはずいぶんと絵柄が可愛いし」
「山田先生とか」
「あり得なくもない……けど」
あまり考えたくない。
その時、土井の真後ろに気配も感じさせずのっそりと影が現れた。
「うわ! なんだ長次か、脅かすな」
本人は別に脅かしたつもりはないのだろうが、6年生の中在家長次が、いつもながらのむっつりした顔でそこにいた。小松田に用がある風情だったが、土井の手の中の帯に目を留め、わずかに表情を動かし口を開く。
「……それは?」
「ああ、この帯? 落とし物なんだそうだが、見覚えがあるのか?」
「はい。……それは、私のです」
「――え?」
一拍おいて、4人の声が唱和した。
「私のです」
抑揚のない、しかし珍しくはっきりした口調で、長次が繰り返す。
「なんだぁ。持ち主が見つかってよかった」
ニコニコと笑顔になった小松田に、他の3人の視線が一斉射撃の如く集中した。その矢のような視線に込められた意味に気づく様子はない。
「これ中在家くんのだったんだ。伊助くんが拾ってくれたんだよ、ちゃんとお礼を言っておいてね。それにしてもこんな可愛い帯を君が持ってるなんて意外だなー。何に使うんだい?」
すうっと顔色を失った伊助はぶんぶんと首を振り、三郎次はじりじりと歩幅を稼いでいつでも駆け出せる態勢を作っている。その2人を、土井は無意識に背に庇う。
何に使うんだ。
聞きたいけど聞いちゃいけない、むしろ聞かない方がいい、そんな暗黙の了解を軽々と破った事務員はポンと記録簿を叩いて朗らかに笑っている。