「水入り」


 「乱太郎、乱太郎、らんたろー!」
 大声を上げながら、きり丸としんべヱが息せき切ってバタバタと保健室へ駆け込んで来る。
 地面が陽炎でゆらゆらと歪み、太陽が2つ昇ったかと錯覚するほどの暑さも、放課後になって日も傾きようやく落ち着いてきた。日射病やら熱中症やらで次々運び込まれる生徒の手当てに、保健室は一日中大車輪で稼動していたが、ようやく一息ついたところにこの騒ぎだ。重病人発生かそれとも大怪我かと、居合わせた保健委員が一斉に緊張する。
「誰かがどうかしたの?」
 手は早くも救急箱を掴み、乱太郎が腰を浮かせると、そこへきり丸がぐいと詰め寄った。
「粗塩、味噌、おろしニンニク入り醤油っ」
「はい?」
 乱太郎のみならず、全保健委員が唱和する。
 それに構わず、今度はしんべヱが負けじと声を張り上げる。
「お砂糖、蜂蜜、マヨネーズ!」
 その言葉尻に被せて、噛みつかんばかりにきり丸が更に身を乗り出す。
「乱太郎はなんなんだ!?」
 保健委員一同が、今度は互いに顔を見合わせる。もちろんそこに答えが書いてあるはずもない。
 禅問答より難解な問いに絶句した乱太郎に代わり、左近がこめかみの辺りを押さえながら、顔をつき合わせていがみ合うきり丸としんべヱに声をかけた。
「藪から棒に塩だの砂糖だの。なんなんだって、何なんだよ」
「主義主張の問題です!」
「とっても重要なんです!」
 即座にステレオで言い返されて左近は返す声を失い、しばらく経ってから辛うじて呻いた。
「……。駄目だ、僕もパス」
 と、腕を組んで考え込んでいた伊作が、やおら得心顔でポンと手を叩いた。
「あ、分かった。そうか」
「え?」
 首を捻り過ぎて傾いていた伏木蔵がすとんと真っ直ぐに戻る。目を爛々とさせて鋭く注目する2人に、伊作は宥めるように笑いかけて、言った。
「ケンカしてていいのかい。その間に、全部なくなっちゃうぞ」

 裏の井戸に浸けたざるの中で、採れたてのキュウリが程良く冷えている。