「上目づかいで、はにかんで」
冷たい空気が冴える冬のある日。
京の南蛮寺へ定期便の届け物に出掛けた清八は、そこで小さな箱を貰った。
村へ帰り、親方に報告して渡そうとしたものの、お前が貰ったんだからお前のもんだと呆気なく押し返される。同僚の喜六と一緒に開けてみれば、中には飴を絡めた煎り胡桃や小麦の粉の焼菓子などの南蛮菓子が少しずつと、一枚の短冊が入っていた。
「これ、なんて書いてあるんだろうな」
南蛮の文字が書かれたきれいな絵入りの短冊を興味深そうに眺めつつ、喜六が首をひねる。
新しく汲んでもらった水をたっぷり飲んだ異界妖号は、今は飼い葉桶に長い顔を突っ込んで、これも給餌されたばかりの新鮮な餌をもぐもぐと食んでいる。その異界妖号の体を縄を丸めたたわしでこすりながら、清八も「さあ」と首を傾げた。
「向こうの言葉は俺には読めないもの。でも、いつも配達ありがとうって、坊さんがさ」
「カルタと菓子をくれたわけ? いい年の男に、子供の駄賃みたいだなあ」
「今日はそういう祀りの日だったらしいよ」
最初に言葉を教えた人のそれがそのままうつってしまったのだろう、南蛮僧が話す強い豊後訛りのある日ノ本語は、流暢は流暢だが近江の馬借の清八には今ひとつよく分からなかった。
それでも、恰幅のいい体を駆使した身振り手振りとニコニコと顔中ほころばせた笑顔から、溢れんばかりの好意は確かに伝わって来た。
何しろ異界妖号にまで唐渡りの干し林檎を貰ってしまったのだ。薄く切ったあと何度も蜜に漬けては干して作る、人間だってそうそう口にできない贅沢なしろものだと言うのだから、もしかするとあの坊さんは無類の馬好きなのかもしれない。馬好きに悪い人間はいない、と清八は素朴に信じている。
異界妖号はと言えば、帰る道々自分の背に負った荷の甘い匂いに気を取られっぱなしだったくせに、飼い葉桶に入れてもらった干し林檎は知らんぷりしてわざわざ藁や青菜を選り分けて食べている。お楽しみは最後に――というつもりらしい。
みみずの行進のような文字をどうにかして読めないかと短冊を回転させながら、喜六がふんふんと頷く。
「南蛮流の縁日みたいなもんかな」
「とは、ちょっと違うかなあ。日頃世話になっている相手に感謝する日、とか言ってたっけ」
「ふうん。清八も俺に感謝してくれてもいいんだよ?」
「はいはい、してますしてます」
喜六の軽口をこちらも軽く受け流し、清八は異界妖号の後ろ脚の側から立ち上がる。
蹄に詰まった泥は取り除いたし、体の汚れもきれいに落とした。ひと渡り眺めてそれを確かめ、たわしにこびり付いた泥を払って、今度は前の方へ回る。
その時、異界妖号が飼い葉桶から少し頭を上げた。
「お、もう腹いっぱいか。あれ? 林檎が残ってるぞ」
お前はこういう甘いのが好きだろうにと清八が首を叩いてやると、異界妖号はつぶらな目で主を見上げ、物言いたげにふさふさの睫毛をゆっくり瞬かせた。
鼻先で桶の中を探り、脇によけてあった干し林檎を慎重な仕草で口にくわえ、もう一度頭をもたげて清八の手の上にそろりと載せる。
それきり静かに立っている愛馬と渡された干し林檎を見比べて、清八がきょとんとする。
「ん? せっかく貰ったのに、いらないのか?」
「なに言ってんだよ、野暮天」
「え?」
「健気だなあ。異界妖号がお前に林檎をくれるってさ」
清八さんいつもお世話をしてくれてありがとう――と裏声で言いかけて、喜六はぷはっと吹き出した。