「スルー検定」
森の中の一画を、一年は組の子供たちが縦横無尽に駆け回っている。
まるで熱く焼けた鉄板に水を零したかのような眺めだ。意図的な撹乱なのか、突然現れたタソガレドキ忍者の一団に驚いて逃げ惑っているのか、樹上の高みに陣取る雑渡にも判然としない。
「自分たちでも分ってないのかもしれないけどねえ」
ひとり呟いたのと同時、落ち葉溜まりと倒木の向こうからそれぞれ飛び出したきり丸と団蔵が、出会い頭に正面衝突する。あらら痛そう、と思う間もなく、二人はそのまま強引にすれ違ってバタバタと走り去る。見るからに浮き足立った様子ながら、しかし素早く辺りを警戒した目配りには油断がない。
木漏れ日が顔に射して雑渡は右目を軽く眇める。
何を持たされているか知らない訳ではなさそうだな。
敵か味方かその時々で関係がくるくる変わる忍術学園とタソガレドキ忍軍だが、今回の目は「敵」に出た。子供たちの中の誰かが割符の一方を持っていることは調べがついている。貿易商の所へ持って行けば大量の上質な火薬と交換できるその割符を、近頃とみにタソガレドキ城と仲の悪いあの城へ、素直に届けられる訳にはいかない。
手段は問わぬ。速やかに且つ確実に割符を奪取、それが成らなければ破却せよ。黄昏甚兵衛の命令を受けて忍軍の一隊が動いた。
お使いを任されるのは一年は組、ということはすぐに知れた。
そしてタソガレドキ忍軍組頭が示したのは、一気に包囲してひと所へ追い込みひとりずつ捕まえて逆さに振る――という作戦だった。
「手段は問わぬなんて格好つけたこと言われても、あまり手荒なことをしたら、良い子たちに嫌われるのは殿じゃなくて我々だからなあ。もう顔も見たくないっ、なんて言われちゃったら悲しいじゃないか」
居並ぶ部下へ下知した雑渡がそう付け加えた途端に諸泉が口をひん曲げた以外は、作戦は滑らかに実行されている。死角から伸びた腕にさっと足元をすくい上げられ、天地がひっくり返ってきゃあと叫ぶ子供の声が、あちらこちらから散発的に聞こえてくる。
確認済みの印を頭巾のてっぺんにこっそり付けられたまま走りまくっている子供が――今のところ十人か。
その時、どこからか「ぷい~」ととぼけた鳥の鳴き声がした。
素早く枝を蹴った。
一瞬緩めた囲みの隙を突破しようと駆け出した乱太郎が、梢を突き抜け眼前に降ってきた雑渡の姿にあっと目を見開く。その顔を正面から見据えて雑渡はにっこり笑いかける。
良い子は急に止まれない。さあおいで、と腰を落とし腕を広げて待ち構える。
と、乱太郎の目元がきりりと引き締まった。一段と足を速め、強風に立ち向かうように上体をぐっと折りたたみ、雑渡へ向かって突進しながら頭を低く、低く――、
「おぉ?」
駆けて来る勢いのままに体を地面に投げ出した乱太郎は、雑渡の両足の間を頭から滑り抜けた。股覗きの格好になった雑渡の頓狂な声に耳も貸さず、すぐに立ち上がって再び駆け出そうとする。
その足が宙を掻いた。
「うひゃっ!?」
悲鳴を上げながら空中で縦に一回転した乱太郎がふわりと地面へ着地する。自分の身にいま何が起きたか理解できないのか、一瞬だけきょろきょろして、すぐに強く首を振っていっさんに逃げ去る。
小さい背中が見えなくなった頃、体を起こした雑渡は両手を腰に当ててううんと唸り、それからにわかに胸を張って顎を上げた。
「いやあ、ごめんごめん。脚が長くってさあ」
うそぶいた背後で木立の陰が人形(ひとがた)に滲む。
「ありました」
音もなく姿を現した山本が短く言って、乱太郎から掠め取った割符をひょいと雑渡へ放る。後ろ手に割符を受け止めてそれを懐にしまい、雑渡は土の上に残った乱太郎の滑り込み跡を、何ということもなく爪先でなぞる。
「こういう時はさ、何かこう……あるじゃない」
「何かとは」
「苦笑いするとか、呆れてみせるとか、なに言ってんですかってツッコむとか」
「ならば笑いましょうか。組頭がお望みなら、散った者たちも呼び集めて、皆で指さして」
淡々と答える山本はいくらか怒っているような気配で、だから雑渡は安心して、「そこまでやれとは言っていないだろ」と盛大に拗ねた。