「ほんの出来心」


「なあ、みんな、ちょっとアレ見てみろよ」
 放課後の掃除の時間、みんなで庭を掃いている最中に、不意に兵太夫が声を上げた。
「なにかいたの?」
 ちりとりに落ち葉を集めながら三治郎が尋ねる。金吾と喜三太もそれにならってもの問いたげな顔をすると、兵太夫はにやにやしながらこっくりと頷いた。
「一体、なにがあるのさ?」
 金吾が重ねて言うと、兵太夫は十分に勿体をつけてからすうと腕を伸ばした。
「下手なシャレの体現」
 なになに? といっせいに兵太夫の指差す方を見ると、なるほど、木の下に五年い組の木下先生がいた。空を衝く程に大きいケヤキの下、枝を見上げてなにか考えている風情だ。
 木下はこの場所の掃除監督だから、近くにいてもおかしくはない。しかし、急にさくさくと動き出した4人を注意しに来ようともしないで、ただ一心に梢を睨んでいる。
「何してるんだろう」
 ひそひそと金吾が言うと、喜三太がハイと挙手をした。
「葉っぱに毛虫がついちゃって困ったなあと思ってる」
「この季節に湧くか? 毛虫」
「じゃあ兵太夫はなんだと思うのさ」
「枝払いしなきゃなぁと思ってんじゃない?」
「そんなに伸びてないじゃん」
「うるさいな。枝が多けりゃその分葉っぱがたくさん落ちて、僕たちの仕事が増えるんだぜ」
「それって兵太夫の都合じゃない」
「なんだと。お前だってここを掃除するんだぞ」
「想像でケンカしてどうするのさ」
 掴み合いになりかけた2人を引き剥がし、金吾はこっそり木下を窺った。
 大丈夫、まだ木を見てる。見てるけど――あれは何をしてるんだ?
「木の実でも落ちてきたのかな?」
 三治郎が木下の真似をしながら、首を傾げる。
 両手を揃えて前に出し、手のひらに何かを受け止めるしぐさ。
「ケヤキの実は葉っぱと一緒に落ちちゃうよ。拾っても使い道はないし……」
「ムクドリが食べるよ。あ、鳥にまいてあげるのかな?」
「木下先生が?」
 その光景は微笑ましいような怖いような。
 遠巻きに見守っていると、その向こうから小松田が落ち葉を積む手車を押して、のんきそうに歩いてくるのが見えた。
「あ、もう来ちゃった」
 4人は慌てて残りの落ち葉を集めにかかった。

「あれぇ、木下先生。こんな所でなにしてらっしゃるんですか?」
「え、あぁ、小松田くん」
「鳥の巣でも……かかってます?」
 決まり悪げにパッと手を引っ込めた木下に頓着せず、小松田は手車を置いて、枝を下から仰ぎ見る。その途端に、傾きかけた太陽の光が幾重にも重なった枝葉の間から差し込んで、小松田の顔を明るく照らした。
「うわっ、眩しい」
「太陽をじかに見ちゃいかん。目を傷める」
「ふぇい」
 そう言って体を引いた小松田の、ちょうど胸の辺りに、一条の柑子色がこぼれかかる。梢を透過してほんのり緑がかって見えるような、妙に質感のある不思議な色合いだ。
「わあ。なんだかこれ、手ですくえそうですね」
 はしゃいだ声を上げて、ちょうだいをする子どものように、小松田は顔の高さに両手を差し出した。

 その隣で、木下はいかつい顔をますます厳しくして、しっかりと胸の前に腕を組んだ。