「妖刀使い」
食事の提供時間が終わりおばちゃんが帰った後も、持ち回りの掃除当番や夕食の材料を取りに来る食事当番、野菜くずを貰いに来る生物委員などが出入りして、食堂の厨房は賑やかだ。
今日のお喋りの話題はなんと言っても、丑三つ時の深夜に名刀・極楽丸を狙って食堂への侵入を試みた曲者とその顛末だった。
「夜間訓練中の六年生が見つけて叩き出したんだって」
「そりゃ、生きて帰れただけ恩の字だな」
「どこかの城の手の者とかじゃなくて、忍者崩れの泥棒だってね」
「盗み出して売り飛ばすつもりだったのかな?」
「だとしたら、情報収集が甘いねぇ」
鍋釜と一緒に道具棚に片付けてある包丁をちらりと見て、皆でくすくす笑う。
世間では、極楽丸は名工の六道辻ヱ門が鍛えた逸品と称賛されている。しかしその正体は、ひとたび手にすると野菜を切りたくてたまらなくなる、持っていてもあまり格好が付かない妖刀だ。それがある騒動の最中バキバキに折れてしまったのはもうだいぶ前のことで、折れた刀身は既に三本の包丁に打ち直されているし、そのうち忍術学園にある一本は日々使い込まれて見る影もなくチビている。
「残りの二本も何かと狙われてたりするのかな」
きり丸、しんべヱと一緒に調理台をから拭きしていた乱太郎が、ふと気がかりそうに言う。刀が折れた騒動の中心にいた三人はてんでに思案顔になり、腕を組んだきり丸は、実家の包丁人の料理を思い出してよだれをこらえるしんべヱを横目で軽く睨む。
「忍術学園の食堂より、福富屋さんやレンタル先の料理屋さんの方が泥棒に入りやすそうだよな」
「うちも無理だよ。セキュリティ固いんだから」
「あれ? 俺、今、どこに貸してたんだっけ」
「知らないうちに又貸しされてて行方不明になるパターンだ、それ」
「寮の五年生の台所にも妖刀があるの、知ってる?」
大豆の絞りかすを提供に来た兵助と一緒に、生物委員を手伝って野菜くずをより分けていた三郎が、ひょいと口を挟んだ。一斉に注目を集めながら、作業をする手元に目を落としたまま涼しい顔で言い添える。
「それも、人を選ぶ。大抵の者にとってはごく普通の包丁なんだ」
素直な下級生たちはええっと驚きの声を上げ、兵助と八左ヱ門も互いに顔を見合わせる。三郎は何やら八左ヱ門に目配せをしているが、自分たちが普段使っている台所にそんなものがあるとは、五年生の二人も聞いたことがない。
「どんな呪いがかかってるんですか?」
興味津々とおっかなびっくりが混ざった顔で三年生の孫兵が代表して尋ねる。ようやく手を止め、顔を上げた三郎は、意味ありげな笑みを浮かべて芝居がかったふうに声を低くする。
「そうだな。無銘の包丁だけど、名付けて"乱斬"とでも言おうか」
「らん」
「きり」
虎若と三治郎が交互に復唱して、乱太郎ときり丸に小突かれる。
「そ。この包丁で切ると野菜も魚もこんにゃくも、煮物もなますも炊き込みご飯の具も、みぃんな乱切りになっちゃうのさ」
「……、ああ!」
ひと呼吸おいて八左ヱ門が吹き出す。
一方、得心ゆかぬていで首を傾げた兵助は、その時ちょうど籠を手に勝手口から入って来た雷蔵を見つけて「よぉ」と片手を上げた。
この日、五年ろ組の夕餉には、三郎と八左ヱ門の食膳にだけそれはそれは精緻を凝らした蕪の飾り切りが添えられていた。