「風と桶屋の絶妙な関係」
両手に本を抱えて書庫から戻ってきたきり丸は、なんとも要領を得ない顔をしていた。その顔のまま持っていた本を予約取置きの棚にしまい、返却された本を書棚に戻していた雷蔵の所まで来て「手伝います」と言ったときも、まだ眉間にしわが寄っていた。
「ご苦労様。どうしたんだい、蔵書がなかった?」
「いえ、これ」
そう言いながら、きり丸は帯の間からビタ銭を一枚引っ張り出して雷蔵に見せた。やはり不審そうな顔のままだが、手にしているのは何の変哲もないビタ銭だ。
「お金だね」
他に言いようがない。首をひねりつつ雷蔵が言うと、ですよねえ、ときり丸がうなずく。
「図書室に戻る途中の廊下に落ちてたんです。でも両手が塞がってたから、あとで拾おうと思って通り過ぎたら、しんべヱがいきなりダッシュしてきて銭を拾って」
「珍しいこともあるもんだな」
「で、僕の帯にねじ込んだんです」
「へ?」
素っ頓狂な声を出した雷蔵を、受付カウンターに座る図書委員長がじろりと見た。慌てて身を屈めひそひそときり丸に尋ねる。
「どうして?」
「さあ……。銭を見逃しちゃだめじゃないか、って何故か怒られました。週末に花見の会場で弁当売りのバイトがあるから、正直言って今はそんなにガッついてないんだけど」
「この天気が続けば週末には満開だから、花見客も多いだろうね。……でも意外だ、悪いけど」
抗議の声を上げるきり丸に笑いながら謝り、整理を進めていく。この本はどこの棚にあったのかなときょろきょろしていると、さらに珍しいものを見た。
棚の列が奥まった場所にある窓のそばで、会計委員長と用具委員長が頭をつき合わせて小声で何か話している。どちらにも普段のような刺々しい様子はなく、どうやら六年生の共通課題に必要な資料のことで普通に会話が進んでいるようで、そのうちに文次郎が可笑しいことでも言ったのか、留三郎が声を忍ばせて笑うのが見えた。喋りながら文次郎も笑っている。
「えー、めっずらしぃー……」
目を丸くしてきり丸が呟いた。雷蔵も大いに同感だったが、その一方で、理由もなく年中いがみ合っているわけではないのだなと妙に納得する。当たり前といえば当たり前ではあるのだが。
「見物のチケット売りたいな。売れますよ、きっと」
「あはは。さすがに失礼だよ」
「そうだ。学園の庭の桜も、花見の場所を指定席制にして前売りチケットを作ったら儲かるかも」
「うん、血で血を洗う争いになるからやめようねそれは」
その時、雷蔵たちがいる棚の反対側から長次がのそりと現れた。
そのまま、小声で話を続けている文次郎と留三郎にすたすたと近づいていく。他の生徒の邪魔になるほど騒がしくないと思うけれど、と冷や冷やして見守るうちに、2人も長次に気付いて振り返る。
「ああ、悪い。うるさかったか」
すまなそうな顔で留三郎が言った。文次郎もバツが悪いのか意味もなく頭を掻いている。が、長次は無言で2人の肩に手を掛けると、ぐいと引き離した。
「な、なんだよ!?」
「今週いっぱいは仲良くするな」
「はあ?」
「お前たちの仲がいいと雨が降る」
「俺たちと天気に因果関係はねえだろうよ」
「お約束は馬鹿にできない。咲く前に散ったらつまらない」
左右の手に戸惑い顔の同級生を捕まえたまま、長次は窓の外に目をやる。
薄紅色に膨らんだ蕾をいっぱいにつけた桜の枝が、窓枠に切り取られて、一幅の風景画のように風に揺れている。
「……あ。もしかして俺と小銭もそのクチ?」
心外そうに呟いたきり丸に雷蔵が思わず噴き出し、長次は今度こそ「静かに」と注意した。