「通い路」


 荒野の雪原。人の通わぬ山路。怒涛逆巻く荒磯。諸国を巡る稼業ゆえ、難所と呼ばれる幾多の道を、かつて踏破して来た。
 剣豪として名を成すにつれ、歓迎しない客人も増えた。だが目の前に立ち塞がる者はみな一刀の下、唸る刃の露と消えた。
 なのに、この道だけは、いつまでも攻略できない。忍者にして剣豪であるのに。いや、だから出来ぬのか。
 よく整備された平坦な道程だ。だがその平和な見た目を裏切り、遊撃者が頻繁に出没する、己が知るうちで最大級の危険地帯。
 強襲。特攻。待伏せ。懐柔。時に色仕掛け。行く手を阻む敵は毎回手を変え品を変え攻めてくる。何しろ敵は多勢のうえ神出鬼没、各個が独立していて横の連携はないが、その分攻撃手段に一貫性がなく対策が絞れない。
 出来ればその道を通わずに済ませたいが、そうも行かぬ事情がある。
 今日も今日とて我は行く。

 目標までは決して遠くない。
 だが、古人の曰く「百里は九十九里を以て半ばとす」。ゆめ油断することなかれ。心に呟きつつ、辺りの気配に注意を払い、じわりじわりと歩を進める。
 右。左。前。後ろ。視認する限り敵の姿はない。一歩一歩目標へ近付いていく。やあ、今日は無事に通れたか――

「あっ、戸部先生! こんにちはあ!」
「学園長先生が、御用があるって探してらっしゃいましたぁ」
「そうそう先生、刀の打ち粉、そろそろ足りなくなってません? いいの仕入れたんスよ!」
「わが生涯のライバル、戸部新左ヱ門! 勝負だ!」

 勘弁してくれ。腹が減ってるんだよ。
 食堂はすぐそこなのに。