「かの人の子なれば」
「お兄さん、ヒマならどうぞ見てってよ。いい品あるよ」
「ヒマじゃない」
櫛に鏡、紅皿、白粉、筵に並べた小物を示し愛想笑いをしてみせると、仏頂面の青年はざっくり言い捨てた。答えながらも腰に佩いた刀の柄を忙しなく指先で叩き、吊り上がり気味の鋭い目をますます険しくして、何度も遠くをうかがう仕草をする。
「誰かお待ちなんでしょ。それって彼女でしょ。イライラするのも分かるよ、女って大抵約束の時間に遅れてくるからねぇ。それでも待つ甲斐がある可愛い彼女に、贈り物なんてどうだろうね?」
「いらん」
聞く耳のない男がぺらぺらまくし立てるのを遮って言う青年の目元が、ぴりりと厳しい線を描く。ここで引くのは行商人の名折れとばかりに男は愛想笑いの度合いを深めると、青年の袖をぐいぐい引っ張り、強引に筵の前に座らせた。
「まぁまぁこの組み紐を見てごらん、こいつは南蛮渡来の一品だよ。はっきりくっきり彩り豊かなこの染め具合、そこらじゃちょいと見ない凝った模様の見事なこと。あちらじゃお代官の奥方でもなけりゃこんないいモノ持てやしないよ。みどりの黒髪を一層引き立たせること間違いなし、さぁどうだい」
「いらんものはいらん」
眉根を寄せたまま無愛想に繰り返した青年は、目だけ動かしてじろりと組み紐を一瞥し、付け加える。
「それに生憎、端切れを寄せ集めた粗悪品を掴まされるほど間抜けじゃあない」
「え、あ、あら、そういうこと言う? 営業妨害だなあ」
「端がほつれて糸が飛び出してる。染めムラを裁った跡がある。ハッタリかますなら相手を選ぶんだな。犬の首縄とでも言って売れば、物好きな金持ちが買うかもしれんぞ」
反論する隙も与えずビシビシと言い放ち、さっと立ち上がる。さすがに気圧され黙って見送った男は、少し先で立ち止まり辺りを見回している青年を、恨みがましく睨みつけた。
「素直じゃないってやだねぇ。親の顔が見たいもんだ」
悔し紛れに悪態をつき、何気なく道の向こうに目を向けた男は、思わず品物を並べ直す手を止めた。
華やかな紅梅色の着物の裾を翻し、濡れたように艷めく黒髪を片手で押さえ、露を含んだ牡丹の如き唇に一種凄みのある笑みを刻んで、中年とも妙齢ともつかない女――おそらく――多分――遠目にはそう見える――が青年に近付いて来る。
「利吉、待たせたわね。さぁ行くわよ」
一瞬強張った後、がっくり肩を落とした青年が何か呻くと、女は「なに言ってんの。母上とお呼び、おほほほほ」と片手の甲で口元を隠し高らかに笑った。
「親の顔が……あれが親か……なら、仕方ないかな……」
首を振り振り呟いた途端、青年がすごい勢いで振り返ったが、既に次の目標を見つけた男がそれに気付くことはなかった。