「僕らはみんな生きている」
「熱いよう、怖いよう、助けて、おいらを刺さないでえ」
すり切れるような幼子の力ない啜り泣きが、一瞬、手を惑わせた。
いや、何も惑う必要はないのだ。今この場ではこうするのが当然なのだから。思い直し、手の中の得物を握り直す。
皿の上の焼き魚に、ぷすりと箸を入れた。
「痛あい、嫌だあ、痛い、痛いよー」
高い声の悲鳴を聞き流し、箸先でむしった肉を口に運ぶと、声の調子が一転してつまらなそうにぼやく。
「竹谷くん冷たい」
「こんがり焼いて塩まで振っておいしく料理された魚が、今更うだくだ言うかよ。それに、」
口の中のものをよく噛んで飲み下してから、八左ヱ門は、正面の席に陣取る級友に文句を言う。
「演技と声真似が見事なのは分かったから、昼飯ぐらい落ち着いて食わせろ」
「嫌だよう、食べないでよう、おいらの体が骨になっていくよう」
「……お前、暇なんだな」
「うん」
おばちゃんがびっくり顔で厨房から振り返ったほどの、世にも悲痛な泣き声を上げてみせた三郎が、地声に戻ってけろりと頷く。
山ふたつ向こうの寺へ急ぎの届け物を言い付かった八左ヱ門は朝から外出していたが、昼過ぎに学園へ戻って来ると、学園長招集の緊急職員会議とかで午前放課になっていた。自主練習や委員会活動に励む他の生徒たちをよそに、まだ開いていた食堂へ空きっ腹を抱えて駆け込んでみれば、三郎がひとり所在なさげにお茶をすすっていたのだ。
「雷蔵はどうしたんだ?」
「時間ができたから、この機会に書棚を整理するんだってさ。図書室は立入禁止で入れない」
「それなら勘右衛門は、というか委員会は」
「今日は活動予定なし。職員会議が終わったら何かありそうだけどな。勘右衛門は部屋で宿題をやってる。で、私もさっきまで課題をしていたから、今は休憩中」
「じゃあ会議の議題って……あー、知りたくない知りたくない」
喋る合間に、八左ヱ門は素晴らしい速さで定食を平らげていく。
頬杖を突いてそれを眺めていた三郎は、あっという間に焦げた皮と骨だけになった魚を見て、ふと言った。
「生物委員なのに、生き物を食うのは平気なんだな」
白和えの小鉢を手に取っていた八左ヱ門は、虚を突かれたように一瞬動きを止めた。魚も小鳥も生物委員会で飼っているが、焼き魚も汁の実の鳥団子も、すっかり腹に収まっている。
んー、と唸って首をひねる。
「生き物に愛情をかけつつ食用にするって、そんなに矛盾しない行動だと思うけどなあ。だから"いただきます"って言うんだろ。命をいただかせて頂きます、って」
「その日本語おかしい。と言うか、潮江先輩みたいなこと言うね」
「われ今幸いにこの清き食を受くってやつ? まあ、意味は同じだよな。白和えの豆腐だって、豆のままで畑に蒔けば芽を出すんだから、生き物と言やあ生き物だし」
「冷奴を食ってた兵助にさっきのをやったら、まるで無視されたぞ」
「するなよ。豆が動いて鳴いたら怖いわ。それに、うちの後輩たちに同じことをしたら、張り倒すからな」
はいはいと軽く請け合う三郎を不安そうに見ていた八左ヱ門は、後片付けの物音がしていた厨房がいつの間にか静かになっているのに気がつき、慌てて箸を動かした。昼食の時間はとうに過ぎて、いつもならおばちゃんは食堂から引き上げている頃なのだ。
と、当のおばちゃんが配膳口に顔を出した。片手に丸い餅を載せた小皿を捧げている。
「あんたたち、豆餅は好きかしら。学園長先生の御下げ渡しだけど、良かったら食べない?」
「ありがとうございます。頂きます」
「食器、自分で洗いますから!」
残ったものを大急ぎで片付けながら八左ヱ門が言う間に、三郎がひょいと立っていって皿を受け取る。
どこかからの到来物なのか、餅はまだほんのり温かく柔らかい。席に戻り、ひとつ取った三郎が無造作にかじろうとすると、八左ヱ門が不意にくすんと笑った。
「ん。何か付いてた?」
「いや、その豆餅をこっちから見ると、お前がよくかまってる用具の1年に似てるなーと思ってさ。ほっぺたがもちゃもちゃして黒目がちな子」
行儀悪く箸で指し、面白がるような顔をする。
悪気のかけらもない。
無いが、三郎の手は止まった。そろそろと餅を皿に戻し、恨みがましい目をする。
「竹谷くんひどい」
「なんでだよ」
俺、当分豆餅は食えないと嘆く三郎を、八左ヱ門はきょとんとした顔で見詰めた。