「花」


「この前のあれ、趣味悪いよ」
 腿の高さまで伸びた草を分けて片膝を突き、携えて来た愛用の道具を入念に検めていた雷鬼は、不意の言葉にひょいと顔を上げた。
 左手で相役の暁鬼が草の中にしゃがみ込み、抱えた膝に顎を乗せて、退屈そうな顔を雷鬼に向けている。
 いつも困っているように見える顔だ。今もやっぱり眉が八の字を描いている。それを真似るかのように、雷鬼も軽く眉根を寄せる。
「そう言われる覚えがないけど、なんかあったっけ」
 問い返された暁鬼は口を曲げた。訝しげな雷鬼の顔と、雷鬼が手にしている物を順番に指さして、言う。
「ちびっ子たちが来た時の、さ。今日はまさにそれをしに来たんじゃない。それとも、適当を言ったから忘れた?」
「あー」
 思い出した。頷いて、しかし何か拙かったか? と、使い慣れた道具に目を落とし雷鬼は首を傾げる。
「本気で言ってたのか? じゃあ何、それって"剪定鋏"なわけ」
 ちょっとごつ過ぎるんじゃないのと言って、暁鬼は呆れたように首を振った。


 数日前のことだ。
 ドクタケ忍者隊の皆さんに忍術以外の得意なことを尋ね、その特技を使ってどんな任務ができるか考えてみましょう――という、講師の魔界之いわく「将来の幹部養成教育の一環」で、忍術教室の子供たちが訪ねて来た。
 俺たちはいずれこの子らの下につくということかと、少々引っ掛からないでもない名目だが、どんな話が聞けるのか期待で目をきらきらさせる子供たちを前にすると悪い気はしない。
 習字の腕が執務方の目に留まり、奥右筆にスカウトされたことがある。
 歌詠みには自信があって、内緒の俳号は斯界では結構知られている。
 聞き取るだけなら、かすてぃりや語がそこそこ分かる。
 サングラスを外して髭を剃ると実は女顔だ。え、それは特技とは言わないって? いいじゃない別に。
 本当か嘘か怪しいあれこれを自慢気に語る同僚を横目に、はて己には一体何の技があったかと逡巡した雷鬼は、さんざん悩んだ末に「花を咲かせること」と答えた。


 ぐるりと肩を回して強張りを解いた暁鬼は、溜息をひとつ吐いて前方へ視線を戻し、懐から遠眼鏡を引っ張り出した。それを目に当てながら軽く揶揄を込めた口調で言う。
「椿や侘助、梅に躑躅なんて、もっともらしいこと言っちゃって。よっぽど花木が好きなんだって思ってるよ、子供たち」
「作庭って別に変な趣味じゃないじゃん。凝る人はとことん凝るぜ」
 綺麗な花を咲かせる為に庭つくりの阿弥は鋏や鋤鍬を使う。
 花を綺麗に咲かせる為に俺はこいつを使う。
 言葉遊びのような反論をして、雷鬼は手の中の道具を持ち直す。日々の手入れは勿論怠りない。喋っている間に一通りの点検は済ませた。いつでも使える状態に、既に仕上がっている。
「なんか論点がずれてるなぁ。ガーデニングはいいんだよ。その言い回しが趣味悪いっての」
「そうかなー。と言うかさ、俺ってば仕事の他は無芸無趣味だって、あれでいよいよ自覚しちゃったよ。忍者がこれじゃイカンわな」
「忍術も怪しいけどね、俺ら」
 軽口を叩きつつ、遠眼鏡を覗く暁鬼が片手をすいと振る。
 雷鬼は暁鬼の示した方向へ顔を向けた。
 一巡りした視線が一点へ留まる。そのまま手元を見もせず、道具に触れる指先や手のひらに染みついた感覚ひとつで僅かな迷いもなく的確に、流れるように準備を整えていく。

 弾丸と火薬は装填済みだ。
 火皿に口薬を載せる。蓋を閉じ零れた火薬を払う。腕に絡めていた火縄を外して火挟みに取り付ける。
 左手を前に伸ばして銃身を支え、右肘は逆に大きく後ろへ引き、銃把を頬に押し当てて、構える。
 目当の先に捉えるのは眼下の山裾に張り巡らされた陣幕。
 それを潜って現れた、ひときわ豪奢な甲冑をまとう一人にぴたりと銃口を向ける。
 軽く息を吐く。
 火蓋を切る。引き金に指を掛けた。

 咲くのは牡丹か、山茶花か。

 目を射るような赤が空中にぱっと舞った。
 それに半拍遅れ、乾いた音が山間に谺する。
 床几ごと斃れた総大将を前に立ち竦む重臣たちの耳にその響きが届いた一瞬後、陣幕の中は恐慌に陥った。