「Tally-HO-HO-HO!」
「あ、牧之介だ」
「ほんとだ、牧之介だ」
「おーいみんなー、牧之介がいるぞー」
門前で小松田と押し問答をしていた怪しい風体の男は、通りがかった乱太郎・きり丸・しんべヱが口々に呼ばわると、違う違うと口走り慌てて飛び退った。安宅の関の門番よろしく箒を逆さに構えて立ちはだかっていた小松田が、ほらやっぱり、と眉を吊り上げる。
「あなたは花房牧之介じゃないですか。当学園への出入りは禁止です、お引取り下さい!」
「だから違うってば、俺は天下の剣豪・花房牧之介ではない。集合するな! 石を拾うな! 構えるな!」
どこからともなくわっと集まった一年は組の面々を牽制しながら反論するその顔は、確かに一見したところ牧之介には見えない。
目鼻立ちが違うというのではない。鼻の下から腹の半ばまで伸びた白いふさふさの付け髭が、まるで覆面のように顔を隠しているのだ。
「福禄寿の変装なんかして、どうしたの今日は」
「どっちかと言うと大黒様じゃない?」
「どちらでもない! この衣装を見て分からんか」
質問する三治郎とそれに反論する伊助へ何故か得意げに言い放ち、胸を張ってそっくり返る牧之介を、全員で観察した。
先端が尖った南蛮風のかぶりものを頭に乗せ、ぞろりと長い白布をぐるぐる体に巻きつけて裾を引きずり、数珠とクルスを左右の肩から斜交いに掛け、大きく膨らんだ袋を肩に担いで、片手には杖。その杖に紐で繋がれた子牛が、少し離れて不満気な顔でつっ立っている。
子牛が可愛いのと、牧之介が奇妙な格好をしていること以外は、何も分からない。
誰も口を開かないので間が持たなくなったのか、牧之介は取ってつけたように厳かな声を出した。
「異国の聖人サンニコラ翁と申す者だ。よろしくかしこみ奉れ」
「規格の製品えんやこら棒?」
「それならコレは規格外のハネモノだな」
「違うわ! 明日は祭りの日であるによって、聖人たるこの俺が、良い子たちに贈り物を持って来たのだ。だからさっさと中へ入れんか」
喜三太と団蔵がこそこそ囁き交わすのを一喝して、牧之介は担いだ袋を重そうに揺すり上げた。
大方、どこかで聞きかじった異国の風習にかこつけて忍術学園に入り込み、またぞろ戸部に勝負を挑もうというのだろう。聞きかじりに聞きかじりを重ねて当てずっぽうとうろ覚えを加えた結果、何とも取っ散らかった格好になったようだが、本物は知らなくともこれがサンニコラ翁なる聖人の姿ではないことだけは確信できる。それでも「贈り物」の言葉が出た瞬間、全員が反射的にきり丸に注目した。
だが、きり丸は胡散臭そうな表情で腕を組んだまま、一歩も動かない。
「きりちゃん、今日は飛びつかないの」
あれに、と乱太郎が袋を指さすと、きり丸は腕をほどいて両手を腰に当てた。昂然と顔を上げ、胡乱な訪問者をじいっと睨む。
「だってよぉ。諸国を巡る剣術修行中の浪人と言やあ聞こえはいいけどその実態は主なし職なし家なし金なし、自称剣豪で住所不定の二十代から三十代と見られる男、であるところの牧之介が、果たしてイイものを持って来たと期待できるか? できるわけがないッ!」
高らかに断言するきり丸に、周囲から拍手が起きた。子牛まで「もーぅ」と賛同の意を表す。
牧之介はいじけた。
「……あのなあ、いくら子供の言うことでも、あんまりキツいと大人は傷つくんだぞ」
「うるさいぞ、門前で何を騒いでいる。うわ」
門の中からひょいと顔を覗かせた戸部が、一目で状況を把握してそのまま引っ込んだ。が、一瞬早く牧之介が戸部の袖を捕まえる。
「現れたな戸部新左ヱ門! 先日の薩州浪人の剣術講習とやら、どうして俺を呼ばなかった。水臭いではないか!」
「ああもう面倒臭い所に来ちゃったなあ」
「入っちゃ駄目ですってば!」
「それって、金吾がこの前、先生と行ってきたお勉強会のこと?」
逃げようとする戸部に取りすがる牧之介の衣装の裾を小松田が掴んで引っ張り、門を挟んで押し合いへし合いしてるのを横目に、しんべヱがのんびりと尋ねる。にわかに金吾の目が輝き、うんうんと何度も頷いた。
「薩摩の剣術家が野牛金鉄先生を訪ねていらしたんだ。珍しい刀法を見せてくれるって言うから、野牛先生が近在の剣豪に声を掛けて下さって、すっごく勉強になった! 滅多にない機会だから牧之介も呼んでやろうかって話になったのに、居所が分からなくてさ」
その時、ひゃあと声を上げて小松田が吹っ飛んだ。
杖を放り出し大袋を振り回して小松田を突き倒した牧之介が、一瞬手が離れたその隙に脱兎の勢いで逃げ出した戸部を追って門の中へ飛び込む。取り落とした箒を構え直した小松田がその後を猛然と追いかける。あっという間に遠ざかって行くその後ろ姿に向かって、兵太夫が叫んだ。
「牧之介、袋と牛、忘れてる」
「おお、遠慮はいらん、みんなで分けろ!」
「って言ってもなぁ。どうする、庄左ヱ門」
地面に転がった大袋を足先でつついていた庄左ヱ門は、袋の口をつまみ中を覗き込んでしばらく考え、興味深そうに顔を近付けて来た子牛にちょっと驚いてから一同を見回した。
「とりあえず中身を出して確認しよう。危険物や、万が一盗品らしいものがあったら別にしておいて、あとで先生に報告するんだ。その他の物は、何かに使えそうか駄目そうかで分別していこう」
「庄ちゃん、相変わらず冷静ね」
笑いながら言った虎若が重い袋の底を掴み、えい、と一息にひっくり返した。
どさどさと溢れ出たのは、蝉の抜け殻、蛇の皮、馬の尻尾の毛、猫のひげ、雉の尾羽根、毬栗、得体の知れないキノコ、どんぐり一掴み、葉脈だけ残った葉っぱ、いい匂いのする枝、すべすべした平たい石、半透明のきらきら光る石、虹色の貝殻、魚の大きな鱗、干し柿、干し芋、干し大根、細長い何かの種、丸めたススキの穂、馬の草鞋がひとつだけ、錆びた刀の鍔、黒漆塗りの脇差の鞘、潰れた鉛弾、使い終わった早合の容器、凝ったつくりの古めかしい錠前、組み紐の端っこ、きれいな色の茶碗の欠片、絵入りの飴の袋、中身がない蛤の紅入れ、歯が欠けた柘植の櫛、その他諸々、まだまだある。
「見て見て。この石、お座りした犬みたいな形してる」
「銭かと思ったら牛乳のポンかよ……」
「割符が片方だけ。これじゃ意味ないね」
「このお椀の模様、金蒔絵だ。ヒビが入ってるけど」
「何してんだ一年は組? うわっ、なんだこの門前市」
「なんだこれ。領収書、オニタケ忍者隊様、茶菓代として三銭……けち臭いなぁ」
「おーい、子牛が干し芋食っちゃってるけど、いいのか」
誰かが掘り出し物を発見するとそのたびに周囲がどよめいたり突っ込んだりして、賑やかな声が飛び交い、笑い声が弾ける。
行き合わせた一年生や上級生も次々と足を止め、種々雑多ながらくたの山を突き崩しながらきゃあきゃあ騒いでいる所へ、学園内を一回りした戸部が戻って来た。いつの間にか増えた人だかりと、無節操にごちゃごちゃ積み上げられた品々に目を瞠る。
「こんなに色々と、一体どこで拾って来たんだ」
「いやぁ、集め出したら何だかハマっちゃって……なんだ、結構、好評だな……」
すぐ後に続いていた牧之介が息を切らしながら呟いた。付け髭は半分取れかかりながらまだ張り付いていたが、「贈り物」の品定めをしては楽しげに文句を言い合う生徒たちを見る顔が、どこか嬉しそうなのは見て取れる。
指先で頬を掻きつつ戸部が牧之介の横顔を眺めていると、追いついて来た小松田が立ち止まる牧之介を見とめ、キッと表情を厳しくした。
門を強行突破された上に大袋で張り倒されているから機嫌が悪い。その気持ちは分かる。箒を振り上げ追い出しにかかろうとするのを、しかし戸部は片手を上げて押し止めた。
「小松田くん、申し訳ないが、今日はこいつを客人扱いにしてくれぬか」
「えぇー……まぁ、戸部先生がそうおっしゃるなら……。でも、入門票は書いて頂きますよ」
「いいのか?」
当の牧之介も目を丸くして戸部を見た。その拍子に付け髭がぽろりと落ちる。
「実技は見せられんが、講習の概要なら話してやれる。牛を飼い主の所に帰してからもう一度来い」
「いいのか?」
まともに招き入れられることに余程驚いたのか、拾った髭を見当違いな場所に付け直して、牧之介が繰り返す。
「よく分からんが、今日のお前は聖人だそうだし、それで子供らは喜んでいるし、まあ、たまには良い」
明後日の方を向いて戸部が言うと、牧之介は自分の衣装をまじまじと見下ろして首を傾げた。
「……案外、有りだったのか?」
この格好は無いな、という予感はしていたらしい。そこで思い止まれば良さそうなものだと戸部は思ったが、今日は口に出さないことにした。