「クアトロ・ボンボネス」
「最近、海外通販をしたのだよ」
魔界之はそこで言葉を切り、きちんと膝を揃えて座る教え子たちの顔をぐるりと見渡した。
「なんだね、その顔は」
全員同時に足がしびれた訳でもなさそうだ。一口に痛ましい表情と言っても色々なバリエーションがあるものだとついつい感心する。たまたま目が合ったいぶ鬼をわざとらしくキュッと睨むと、いぶ鬼は困ったように顎を引き、しきりに瞬きをした。
それに気がついた様子のしぶ鬼がすいと膝を進め、生真面目な口調できっぱりと言う。
「お言葉ですが、魔界之先生プラス通販イコール出落ち、で終了です」
あ、こいつ言っちゃった。
そんな雰囲気がどよんと教室に落ちかかる。心なしか、窓から差し込む陽射しまでかげったようだ。
「そりゃまた随分なお言葉だ」
言葉付きに容赦がなくて決然としているところは父親に良く似ている。得難く好もしい性格だが、将来それが余計な軋轢を生まなければいいが。そんな事を考え魔界之がぼやくと、重くなった場の空気を救おうとしたのか、もう一人の二世生徒が元気のいい声を上げた。
「南蛮の通販図録を、ちょっと前に見てらっしゃいましたよね。今回は何を頼む予定だったんですか?」
「……注文に失敗したのが前提かぁ」
「違うんですか!?」
質問したふぶ鬼ではなく、そこまで黙ってなりゆきを見ていた山ぶ鬼が大きな声を出したので、一同が思わず注目する。視線を浴びた山ぶ鬼はちょっと顔を赤らめてコホンと空咳をした。
「失礼しました。と言うことは、今回は正しく注文されたんですね」
「うん。イスパニアの貿易商にちょっとした伝手があってね。向こうの貴族に大人気の期間限定お取り寄せ高級どるちえ、つまりお菓子だな、それを買ったのだ」
おおっと四人がどよめいた。さっきまでの沈鬱な顔はどこへやら、興奮に頬を染め目をキラキラと輝かせて一斉に身を乗り出す。詰め寄られた魔界之は気圧されて少々後退った。
「買ったのだが、――配送先の指定を間違えた」
さっき届いた配達完了通知をひらりと取り出すと、期待に満ちた四つの顔がどっと床へ倒れ伏した。そう来たかー、と誰かが気の抜けた声を出す。
「どこへ届いちゃったんですか。三の城? ウサギ砦?」
くずおれたいぶ鬼がくぐもった声で力なく尋ねる。
「いや、それが、忍術学園でね」
メモがわりに住所を書き留めておいた申込書を使ってしまった事にだいぶ経ってから気がついたが、後の祭りだった。
「よりによって……。いつもなら小包テロになって結果オーライなのに、よりによって……」
最初と次で、よりによって、の意味合いが違いそうだ。教え子たちの余りの落胆ぶりを目にして魔界之は心が痛んだ。まあ自分のせいなんだけどと思いつつ、明後日の方を向いてほろほろと頬を掻く。
「――でも、小包テロとは思われるかも知れないな、っと」
その呟きを耳にして、床に伸びていた四人が半分起き上がった。小首を傾げて山ぶ鬼が尋ねる。
「中身はお菓子なのに、ですか?」
「商品代引なのだが、希少で貴重で食品だから、すっごぉーくお高くて受取拒否ができない。アンド、見た目はお菓子じゃない」
「うわあ。それはテロだ」
「せこいけどね」
座り直した子供たちが口々に言い合う。律儀にハイと手を挙げて、指名されてからしぶ鬼が質問する。
「高価なのは分かりますが、見た目というのは?」
「届くのは炒った豆なのだよ。それをすり潰し、熱いお湯をさして泡立て、砂糖をたっぷり入れると、ちょこらとおるという香ばしくて甘い飲み物になる。と図録に書いてあった」
「挽き割り豆の上澄み……、おいしいのかな、それ」
不審そうにふぶ鬼が言い、皆が口々に同意する。同じ飲み物なら甘酒とか飴湯のほうがおいしそうだよね。
魔界之も実際に口にしたことはないから味については何とも言えないが、図録の説明を読んだ限りでは、苦いやら甘いやら湯に溶いたはったい粉のようにドロドロしているやら滋養豊富で抜群の薬効があるやら、菓子とも薬ともつかないまことに不可思議な代物であるらしい。それだもの、面白そうだから――もとい。いずれあるかもしれない海外留学や遠征に備えて、子供たちの後学のために、買ってみようと思ったのだ。事後報告で値段を聞いた校長は卒倒しかけたけれど。
「しかしまぁ忍術学園は今頃、困って慌てて大騒ぎだろうなぁ」
頼んだ覚えもない「ただの豆」に、法外な料金を請求されたんだから。
魔界之が言うと、その光景を想像したのか、子供たちは顔を見合わせてくすくすと笑いだした。だけでなく、見に行こうそうしようとたちまち元気を取り戻し、てきぱきと外出の準備を始める。
「え、なに? 行くの? 今から?」
「えー、行きましょうよ。見ないと勿体ないもん」
気が進まない顔の講師を取り囲み、背中を押し手を引っ張り、早く早くと子供たちが楽しそうに急き立てる。
あれよと言う間に土間まで押し出された魔界之は、焦った。
「こら、ちょっと待ちなさい。忍術学園の先生に見つかったら大変な事になる」
配送先こそ忍術学園だが、発注者は魔界之の名前になっているのだ。
また通販に失敗したのかと呆れてくれたなら――ムカつくが――まだいい。酷い嫌がらせをすると怒り心頭だったら非常に面倒臭い。いっそのこと開き直って「贈り物はお気に召しましたか」とカマしてやれば、出鼻を挫かれて怒らないかも。駄目かな。やだなあ。黒戸先生がいれば主婦の知恵で上手く取りなしてくれるのに、今日は研修で出掛けてるし。代引の料金を忍術学園に払ってゴメンナサイして引き取っちゃおうか。でもイスパニアの伝手を追及されたらまずいんだよなあ。あれ、裏ルートの密貿易だから。
ぐずぐずと渋る魔界之に、いぶ鬼がからりと言い放つ。
「見つかるようなヘマはしませんよ。だって僕たち、魔界之先生の教えを受けたドクタケ忍術教室の生徒なんだから」
ねえホラだから早く行きましょう。急がないと面白い場面を見逃しちゃう。
と、と、とん、とたたらを踏んだ魔界之は、子供たちに腕を引かれて、とうとう教室の外へ転がり出た。