「その差は微妙」
建物の角を曲がると、そこにある花壇の前に少女が2人並んで座っていて、土井は思わず足を止めた。
くの一教室のユキとトモミが頭をつき合わせて何かしている。
落とし穴でも仕掛けているんだろうか。そう考えつい観察していると、人の気配に気づいたか2人は顔を上げ、土井を認めて華やいだ声でこんにちはと声を揃えた。
「山本先生に御用ですか?」
ユキが立ち上がりながら丁寧な口調で言う。
「ああ、うん。部屋にいらっしゃるかな」
「今、裏の牧場で馬の手入れをなさってます」
「そうか……」
「何か伝言がありましたら、お伝えしておきますけれど」
そう言って、トモミは少し首を傾けて土井を見上げる。それに倣うユキも真摯な表情だ。
普段やったり言ったりすることはエグいけど、利発な生徒ではあるんだよな。
なんびとに対しても警戒を怠らないのは忍者の性だが、すわ最強タッグのお出ましか、と反射的に身構えた自分に苦笑する。いくら剛の者とは言え相手は生徒だ。
その時ふと、土井は2人の両手の先が泥に汚れているのに気がついた。花でも植えているのかと思ったが、その割に鉢などが見当たらないので、どうもそうではないらしい。
その視線を察し、トモミが足元の石を指差して言った。
「この下にダンゴムシがいるんです」
「だ……、え? ダンゴムシ?」
「ええ。石をどけると、光を嫌って逃げるから」
「そこに触ると一斉にコロコロ丸まって、可愛いんです」
「可愛い、ね……うん」
土井とて、ダンゴムシの生態を知らないわけではない。でもそれを可愛いと表現されると違和感がある。それでも昔「虫愛ずる姫君」というのがいたそうだし、虫に愛惜やら憐憫の情を感じるのは……まあ、子どもらしい好奇心と言うか、心根が優しいと言えなくもないだろう。ナメクジを可愛がる喜三太だって優しい子だし……
いや待て。わざわざ隠れ場所から追い立てて遊ぶのは優しいと言えるのか?
きゃあきゃあと虫遊びに興じる少女たちを遠目に土井が思わず煩悶していると、「土井センセー!」と賑やかな声がした。
目を上げると、おなじみの3人組――乱太郎、きり丸、しんべヱが、それぞれ紙切れと道具箱と、なんと大振りの鉈を手に歩いてくるところだった。
「なんだ? 何をする気だ?」
「最初っから何かやらかすって決めつけるような言い方、傷つくなぁ」
「悪いが、こういう予感は当たるんでな」
それも百発百中で。時には余計な流れ弾まで飛んで来て的をぶち抜くんだから。
「心配しないで下さい。水鉄砲、作るんですよ」
乱太郎が朗らかに言って、手にした紙切れを掲げた。そこには確かに竹筒を使った水鉄砲の作り方が図解入りで描かれている。
「水鉄砲? なんでまた」
「図書室で設計図の載ってる本を見つけて、面白そうだったから」
「吉野先生に許可を貰って、竹林に竹を切りに行くところです」
そう言ってしんべヱがヒュンと鉈を振り、土井は慌てて身を退いた。
「分かった、分かった。刃物の扱いには気をつけて、危ないことをするんじゃないぞ」
「はあい」
「分かりましたあ」
「失礼しまぁす」
3人は素直に返事をして、わいわいと楽しそうに竹林の方へ向かっていく。
返事はいつもいいんだよ。それにしても、水鉄砲ねぇ。
ふと、は組の中で水鉄砲が流行り教室中水浸しになった光景が頭に浮かんで、土井は頭を抱えた。想像図に過ぎないが、かなり現実に迫って感じるのがなんとも言えない。
頼むから平穏に済んでくれと3人の方を見て、そのまま天を仰いだ。
くの一教室の2人に、見事に捕まっている。
「何? その道具」
「竹を切ってくるんだよ」
「かぐや姫でもいるの」
「ううん。水鉄砲、作るんだ」
「なぁによ、それ」
「2人は何してたの。こんな所にしゃがみ込んでさ」
「ダンゴムシの観察」
「ダンゴムシだぁ? 下らないことやってんなぁ」
「あら、子どもに言われたくないわね」
「そっちだってまだ子どもじゃないか!」
「あんた達、水鉄砲を作って遊ぶんでしょ。そういうことして喜ぶのは子どもじゃない」
「うー……」
キャンキャンつっかかる3人組を、ユキとトモミが余裕でいなしている――ように見える。
女の子は大抵が口達者だ。同年代の男の子に比べて、この時期は特に心身の成長も早い。早いけど。
お前ら、なんでその切り返しでへこまされるんだ。