「せんせい、あのね」
夕刻の鐘が教室の外で鳴り出す。
それを合図に乱太郎、きり丸、しんべヱの3人が、一斉に机に突っ伏した。その勢いでメガネがずれたか、乱太郎がツルを押し上げながら、ボソボソと低い声で言った。
「あのさ、わたし思うんだけど」
「なんだよ?」
机の上に伸びたまま左手で頬杖をつき、きり丸が面倒臭そうに聞き返す。
「しんべヱに食べられるものって、幸せだろうなってさ」
「僕に?」
その言葉に、きり丸の向こう側で机に顎を乗せたしんべヱがきょとんとする。
「うん、だって何でもおいしそうに食べるだろ? お菓子でもお米でも、お魚でもさ、喜んで食べてもらえるのって食べ物冥利じゃないかなあ」
「そうだなあ。お前、舌が肥えてる割には何でも食うもんな」
「おいしいものは、おいしいもん」
実家の料理人が腕を振るう料理も、食堂のおばちゃんの定食も、南蛮船が運んでくるビスコイトも、振り売りの饅頭も、縁日の水あめも、学園の庭のぐみも、芋縄の味噌汁も、それからそれから――
「そりゃ雑食って言わねえか?」
「あ、ひどい、きり丸」
「そうだよ。何を食べてもおいしいのって、しんべヱにも食べ物にも嬉しいことじゃない」
「ま、そうかもな」
大きな口をあけて、満面の笑顔で、おおらかに菓子袋を空にしていくしんべヱの姿を思い出し、乱太郎ときり丸は顔を見合わせて小さく笑う。
見合わせたまま、つと乱太郎の顔が引き締まり、目だけを転じる。その視線の先を追ったきり丸としんべヱも、意図を察して真顔に戻る。
「それで先生、提案なんですけど、」
「この後きっと、すごぉーく不幸になるから、」
「いっちょ、しんべヱに食われてみませんか?」
それがきっとみんなの幸せ。3人顔を並べて、へへへと無邪気な振りの笑顔。
机の前には、目の下に濃い隈をこしらえて、すべての表情が抜け落ちてしまった若い担任がいる。無言のまま片手を伸ばし、机にへばりつく3人を猫の子のようにひょいひょい除けると、体の下に隠れていた追試テスト用紙が姿を見せる。
さっきの鐘は試験時間終了の合図。
窓から差し込む夕日を白く、真白く照り返すその表面に、憔悴の度合いは一層濃くなる。
「……残念ながら、わたしは団子や握り飯じゃないんでな」
それは深い、悲しげなため息と共に言われて、3人はしゅるしゅると縮こまった。
「先生」
「あのね」
「ごめんなさい」
この子たちはいい子だ。それは間違いない。それは間違いなく幸せなことだ。
でも、とりあえず今は、何でもいいからテスト用紙を埋めてくれ。